イワナの縄張り争い

 

ずいぶん以前のことになるがイワナの縄張り争いを見た。すきあればの、縄張りをめぐる反社会の抗争のようだった。

普段、見ることがないだけに水の中でこんなことが行われていることが面白く、じっくり観察した。

長野県中央アルプス、標高1500mを流れるイワナの渓流で季節は8月。幅が5m、長さ7mくらいの浅い淵になっていて、一筋の白泡の流れがやがて穏やかな、ここで出るという典型的なポイントを形成している。林道からはすべてが丸見えである。

図の1のところが一等地で、ここには27cmくらいのが定位している。ここにいるだけで目の前を餌がふんだんに流れてくる不動のポジションである。

そこから2mくらい離れて23cmくらいの二番手がいる。この二番手が頻繁に1に接近するが、その都度追い払われている。1の場所が空いていないか偵察に来ているのだ。

釣り仲間のMさんが下流から接近する。Mさんからは魚の位置がわからないので、林道から、もっと右などと毛バリを落とす位置をアドバイスする。

 

 

Mさんがまず2を掛けたが、浅掛りでフッキングに至らず。確かにイワナが軽く反転したので一瞬掛かったのは間違いない。Mさんの竿にもフッキングの感触があった。

しかし、イワナは逃げない。何事もなかったかのように元の位置に定位する。一瞬、口に掛かったくらいでは「今のなんだべ?」程度のもので遁走するようなショックではないのかもしれない。

しかし、そうではなかった。

Mさんは今度は1を狙い、1がゆっくり毛バリをくわえたのを見て一発で掛け、手元に寄せた。

すると、するとである。1が空席になったのを見て、2がすかさず1のポジションを占めたのである。

なんと素早いことか。1がいなくなったのを見て間髪を入れずである。そして不動のポジションを占めて、そこに定位した。

Mさんは次に不動の位置に定位した2を狙った。しかし、まったく毛バリを無視である。フン! 偽物だがや、さっき騙されたがやと毛バリには見向きもしない。

そうなのか。

先にフッキングしても逃げなかったのは、ここで逃げてしまえば、1のポジションを狙えないし、逃げたら2番手の地位を他のイワナに取られてしまうことがわかっていたので逃げなかったのだ (と、思う。そういうことにしたい)。

だとすればイワナは思慮深い魚である。

今度はMさん、岩盤のイワナ穴(どんな穴だ)の3を狙い、一発で掛けた。

すると、またまたである。白泡の下から、3のいた穴に向かって4が矢のような速さで走ったのだ。3が空くのをずっと待っていたのだろう。空いたぞ、ソレ!。

距離は3mあるのに、どうして3が空いたのがわかるのだろうか。mini miniはないのに。ある意味すごい能力である。

白泡の下にいた4が、3を狙ったということは、イワナにとって白泡の下は決していいポジションではないのだろう。

このように私たちの目につかないところでイワナたちの激しいポジション争いが行われている。

イワナの世界にも激しい抗争があることを知って、お前たちも頑張っているじゃないか、一緒だねと、一層、イワナを見る目が深くなったように思える。