3)水と緑は日本の資源

 

時速120kmで3時間の釣り場

ロッキー山脈を挟む地域は乾燥地帯である。アメリカ大陸を南北につらぬく巨大なロッキー山脈に降る雪溶け水が、アメリカの水の1/4をまかなっていると言われる。雪溶けの頃の渓流は近寄れないほどの雪代だろう。その水を巨大なダムに貯めておく。

ドライで雨の少ない気候なので日本のような毛細血管のように張りめぐらされた渓流はない。日本なら本流の支流の、そのまた支流、さらにその支流の名もない細流に至るまで水が豊かである。

平均して4日に1日雨の降る雨の国、日本。渓流は降る雨と保水する山野の緑のたまものである。日本は資源がないと言われるが水と緑は日本の資源である。これだけはアメリカのこの地域では望めない。

本当に水がないことを実感したのは3日目にビックを釣りに行った日である。朝6時半起床、7時半出発である。皆が良く寝た?と気遣ってくれるが、相変わらず時差ボケでぐっすり眠れない。ウトウトとしただけで朝の3時ごろには目が覚めてしまう。本物ボケもあるかも。

ダニエルの家には山本素石の著作集があり、眠れないのでその1冊を読む。ダニエルは読めないにもかかわらず、なぜここにあるのだろうか。まさかアメリカで素石集を読むとは。

漫画もあるよ、と釣りキチ三平の第6巻、第7巻「毛バリ山人の巻」を送ってあげた。その他、つり人社の別冊渓流なども送っている。ダニエルの家にいると、ここがアメリカという気がしない。

テンカラバンで出発である。ダニエル夫婦、Tenkara USAの社員のティージェイ、ジョン、近所のティムの6名である。

ここから3時間のところにビックがいるという。そこは2つの貯水ダムの間を流れている夢のかなう場所とのこと。ということは50cmオーバーが期待できるのかも。

制限速度は75マイル、時速120kmで流れるように走る。3時間でおおむね300Kmである。名古屋からなら神奈川、兵庫、長野あたりの感覚である。

ともかく広大。ほとんどが枯草の平原でときどき岩山。緑は乾燥に強い松の木がほとんどである。そのため、パイン、パインツリー、パインスプリングなどの地名が多い。

着いたところは平原の中をクネクネ蛇行する幅15m〜20mほどの流れで、平らなトロンとした流れが下流のダムまで続いている。日本にはない風景である。

 

パブリックな場所?

下流にはすでに数名が竿を出していた。蛇行しているので川岸を歩く距離は長いが直線距離にすればほんのわずかである。

広大な大地から絞り出したような水の流れである。精一杯集めてこれだけなのだろう。日本ならこれだけの広さなら網の目のような川になる。

水蒸気のないドライな空気なので空は抜けるように青い。その空の青を映して水面も青い。しかし、ダムの水だけに水はうっすらと濁りがあり、膝上くらいの深さでは底が見えない。

流れの中のところどころに水草がはえていて、水草の間に魚影が見える。おそらくレインボーかブラウン。たぶんブラウンだろう。サイズは35cm程度か。しかし毛バリを流しても 、釣り人の影を見ても動く気配がない。こいつは手ごわいぞ。

ここも川岸の草は踏み跡で道となっていて、踏み固められた土はテカテカと光っている。釣り人が絶え間ないのだろう。

枯草の平原で、しかも空気が澄んでいるのではるか遠くが見通せる。それだけに距離感がつかめない。あそこまで10kmなのか30kmなのか。

なぜ3時間もかけてこの釣り場なのだろうか。看板を見るとここはコロラド州の公園で、ワイルドライフエリアとなっている。コロラド州が指定した釣り場なのだろうか。駐車場が指定されているようで、ということはここ以外には駐車できないのだろうか。

なぜなのか帰り路でわかった気がする。帰り路、ダムの上流も広大な平原だった。その中にゴマのように黒い点が。牛の群れのようだ。ここも川はクネクネ流れている。これがダムに流れ込むのだろう。

ダニエルに、なぜここで釣りをしないのか?と聞いた。ここは個人の土地なので釣りはできないのだという。そうなのか。だから州が指定しているパブリックな 場所で釣りをするのだ。

言い換えれば、指定された以外は釣りはできないのかもしれない。それゆえ大勢の釣り人が訪れ、踏み跡だらけになるのだろう。自由な国アメリカであるが、我々には見えない不自由もあるように思えた。

私たちが釣りの準備をした頃、数名が来た。ガイドがお客さんを案内して来たようだ。広大な大地のわずかな流れに密集する釣り人たち。

 

ダイナミックな天候

案の定、厳しい釣りになった。蛇行するカーブの流れがつきあたる、そのわずかな深みから20cmあるかなしかのレインボーが出ただけである。アタリはそれだけ。水面を引こうが、沈めようがウンスンである。

メンバーではダニエルが30cmのブラウンを釣っただけである。夢がかなう場所とのことであるが、かなうまでには通い詰めなければならないように思う。

トローンとした流れはフライフィッシング向きである。ハッチが始まりライズが起これば、ドライフライは面白いだろう。こういう場所があるのでアメリカはドライフライが発展するのだ 。

1時間の釣りの後はランチである。ランチはトルティーヤにソースを塗り、アボガトとハム、チーズに少しの葉っぱを挟んだ簡単なものである。 トルテーヤもでかい。これにダニエルが用意してくれた冷えたノンアルコールビール。乾燥でヒリつく喉にノンアルが滑り落ちていく。あぁうまい。

この頃から次第に雲行きが怪しくなる。遠くの雲の下で雨が落ちているのがわかる。しかし、雨は部分的で、雨雲が空に低く垂れこめるような雲ではない。雨は来ないだろう。

やはり雨は来なかったが、突風になる。毛バリを振ろうにも鯉のぼり状態で、強い風に押されて川に落ちそうである。ダメだ。もう止めよう。 天候の変化は実にダイナミックである。

再び3時間かけて時速120kmでボルダーの街に帰る。往復6時間走って1時間半釣りをして、夢はかなわず帰る。

 

 

ビックトンプソン川

水がないかと言えばビックトンプソン川は豊かな水であった。川幅一杯に水が流れていて、遡行は面倒だがすぐ横を道路が走っているので道から川に降りる。ここも踏み跡だらけで、同じところに密集することを伺わせる。

明日はサミットということで前日に一緒に釣りたいというメンバーが10名揃った。なんとうち8名がヒゲである。ここはイスラムの国かと思うほど ヒゲ面である。ヒゲのない私ともう一人が、顔を見合わせ互いにアゴに手をやり、ニヤリとする。

なぜこんなに水があるのか。この川は上流のダムの放水路だからである。山の中腹に太い導水管が2本見える。

2013年に洪水があったようで記念のパネルがあった。日本では洪水被害は毎年各地で起こるが、雨の少ないこの地では被害をもたらす洪水は珍しいのだろう。

ここも魚は見えるが、まったく反応しない。魚影を見てBigサイズの声がかかるが、せいぜい尺ものである。尺を越えるとデカイと思うのは同じ感覚であるようだ。

さすがに通いなれた地元のスティ−ブが数匹掛ける。スティーブはホームセンターでアウドア用品の販売を担当しているようだ。

 

 

青い鳥は足下に

ダニエルの家から15分のエルドラドキャニオンにティムと出かけた。ここには2015年にも出かけている。15分と近く、渓流の雰囲気があるのでダニエルのお気に入りのようだ。

ここは州立公園なので1台につき数ドルを払う。ここも駐車場が指定されていて、川岸は踏み跡だらけである。

キャニオンというだけに切り立った岩山の間を流れている。クライミングする人が見える。ダニエルもティムもクライミングするが、ロープを使うそうだ。ときどきロープなしのクライマーが落ちるそうで、クレイジーとティムが言う。

渓流の雰囲気はあるが上流のダムからの水なので、水はクリアではない。この渓流が日本の渓流にもっとも近いように思う。魚はブラウンがほとんどで、このときも27cm程度が数匹である。

キープすることはないので魚の数は多い。ここは、というポイントからはまず反応があるが、頻繁な釣り人によりスレているように思えた。

7回の訪米でいろいろな体験をした。限られたわずかな体験であるが、日本の渓流は素晴らしいが実感である。青い鳥を探しにアメリカのほかに、イギリス、カナダ、韓国、台湾でテンカラを振ったが、青い鳥は足下にいる。渓流においては日本が一番である。深山幽谷、青山万緑、清冽な水において日本を凌ぐものはないと思う。

釣り人の多さ、放流魚中心、ねこそぎ持ち帰り、密漁、無券入川などさまざまことがあるが、日本の渓流でテンカラを振れることは幸せなことなのである。

続く