テンカラ・オノマトペ

 

おしなべて釣りは感覚の産物であるが、テンカラはことのほかそうであるように思う。オノマトペでほとんど通用するからだ。

春の風がサワサワ吹いている。キラキラする水面に目を凝らすと、薄茶色の石の上にかすかな黒い影がユラユラ揺れている。アマゴだ。ときおりユラッと流れを変え ながら餌を食っている。緩慢な動きから尺もの、それもかってない大物かもしれない。

そう思ったとたん急に胸はドキドキ高鳴り、竿を持つ手がプルプル震え出した。足はガクガクしてフワフワと地につかない。口はベタベタ粘りつく。

落ち着け! 

ハァー、フーと大きく息を吐いた。それまでのザァーと流れる沢音、チィチィと鳴く鳥のすべての音が消え、シーンと静寂の時間が流れた。ドキッ、ドキッと心臓の鼓動だけ が耳に聞こえる。

ギュッとグリップを握った。ソロソロと近寄り、サッと毛バリを振った。ヒュンというかすかな音を残して、シュッと飛んだラインは毛バリを水面にスッと置いた。

その瞬間、グラッと反転しながらアマゴは一気に毛バリに出た。バシャ! 飛び散る飛沫がスローモションに見えた。ガッと合わせた。ガシッと音が聞こえたような気がした。

瞬間、ギュンと竿がしなり、アマゴは銀色の腹を見せながらグルグル、ギラギラ流れを下る。ギィーン、ビィーン。糸鳴を聞いたのは何年ぶりだろうか・・・。

日本語には擬音語、擬態語のオノマトペが4500語もあるらしい。常用漢字は2136文字なので、その倍以上あることになる。そんなにあることに驚いた。日本人なら感覚的にわかるが、もし、上の文章を果たして英語に翻訳することはできるのだろうか。

拙書「超明快レベルラインテンカラ」はロシア語に翻訳されている。表紙には「毛バリをパッと打って、ガッと合わせれば釣れる」

ロシアからこれはどういう意味かと問い合わせがあったが、説明できなかった。結局、この部分は翻訳されなかった。つくづく日本人は言葉ではなく、感じる ことでわかりあえる民族なのだと思う。