カムイ山荘の夜(1)

 

車は苫小牧から襟裳岬に向けて南下している。日高町を過ぎ、新冠町(にいかっぷ)にかけて昆布漁の船が見える。昆布を刈る船、岸に上げる人、干す人の協同作業だ。

今が昆布漁の季節らしいが、たび重なる台風の雨で川が荒れ濁流が海に流れた。すでにひと月近くたっているにもかかわらず海岸線はカフェオレに濁っていて、昆布漁のできる澄んだ海はわずかなようだ。この濁りでサケが接岸せず、サケ漁にも影響が出ているらしい。

札幌を出て4時間で車は元浦川を左折し神威(カムイ)岳に向かう林道に入る。途中には日高の競走馬の牧場が限りなく続く。走ること1時間でベースになる神威山荘に着く。ここが林道の終点。林道は思いのほか整備されていた。

今回の釣り旅は静岡のお茶屋のサイケイさんからの1本の電話である。サイケイは祭渓と書くらしいが、ガンジーにそっくりなので皆からは頑爺と呼ばれている。ガンジーTシャツはサイケイさんの顔に墨を塗った顔拓そのものである。

本人は無抵抗主義と言っているが、齢、古希を越え、抵抗しようにも抵抗する体力がないからというのがもっぱらである。♪「ウイスキーがお好きでしょう」の井川遥が大好きらしい。井川遥の夢を見るのだそうである。

井川遥は男好きのする女と思う。「ウイスキーがお好きでしょう」なんて言われたら、下戸なのに「うん、好き」なんて見栄を張りそうである。

ガンジーがときどきチャチャを入れるのは本業がお茶屋だからか。チャチャだけでなくお茶も入れてくれる。お薦めは「つゆひかり」とのことであるが、本人の頭はつるひかりである。

これに加齢臭のない無州(むしゅう)さんの3Gトリオである。無州さんはムッシュと呼ばれているのでフランス人と思われているが、純粋日本人である。

今回の目的は日高の源流でエゾイワナを釣ること、ビックファイト松本で管理釣り場のネイティブなニジマスを釣ることである。

さすがにヒグマの巣と言われる日高山脈の源流にいきなり行くことはできない。プロガイドの佐藤みずきさん(34歳) と残間正之さんがサポートについてくれた。

残間さんは世界70カ国の釣りを体験したフライのエキスパートである。今は悠々自適らしい。世界の釣りを体験したが、それを誇ることなく、控えめでありながらときおりの絶妙なタイミングのジョーク。くわえて的確なアドバイスでガイドをサポートする。

ある機会にガンジーと知り合い、それをきっかけにガンジーは残間さんを頼って何度も北海道に来ているが、イワナ釣りは初めてらしい。

みずきさんは登山ガイドでありながら、釣りガイドもツーリングもという北海道のアウトドアに精通しているとは師匠の残間さんの話である。昨年まである会社のガイドをしていたが、今年から独立したので、ひいきにしてほしいと残間さん。

神威山荘は登山者用の山小屋で電気、水道はない。幸いこの日は我々5人だけの夜になりそうだ。

さっそくみずきさんの案内で釣りへ。ガンジーには残間さんがつく。なにせ水戸のご老公である。助さんが必要なのだ。

山荘からすぐがニシュオマナイ川である。地理院地図によれば標高350~400m程度を流れている。川幅は5mぐらいで、ところどころ枝が出ているので、毛バリまで4mの仕掛けでもまわりの木々に毛バリをとられる。

水は限りなく澄んでいるが、北キツネのエキノコックスの恐れがあるので浄水、煮沸しないと飲めないとのこと。

ブッシュに掛け、毛バリを失うなどで二人とも苦戦するが、午後3時を回る頃から活性が出て、ここというポイントからは必ず出る。私は途中からドライにする。毛バリにスレていないので、毛バリをさわってもまた出る。サイズは20cm前後が多い。アメマスほど白班は大きくないが、体側の白いスポットがエゾ地のイワナを物語っている。

足あとやブッシュに絡んだ毛バリがまったくなかったので入る人は皆無に近いのかも。それだけに素直な反応で、警戒心のない魚本来の姿を見ることができる。この日の最大は尺もの1本だった。

1ヵ所の巻きがあるだけでほぼフラットな渓相であるが、ブッシュが多いのがテンカラにはストレスである。明日はもっと広いところをお願いした。北海道の夕マズメは早い。急いで夕飯のイワナを3匹キープする。 キープのミッションがあると俄然やる気になる。

さて、ここからがみずきさんの出番である。お客さんの朝、昼、夜の食事をすべてみずきさんが料理するのだ。それもガイド料に含まれているが。

2つのランタンだけの電気も水もないなかで5人分の食事を手際良くよく作る。まず、前菜に水ダコとツブ貝の刺身、つぎにイワナの刺身、イワナの皮はから揚げに。 これが絶品に美味い。イワナの味噌汁、山菜のテンプラ、タコ飯、その他、あんなものも、ええ!そんなものまで作る。シメは飲めない3Gのために白玉ふんだんのぜんざいである。ゲフッとなるまで食べた。

その頃から雨が降り出した。ときおり強く屋根を叩き、我々の会話も雨音に消されがちである。明日は増水で釣りにならなければいいが。

みずきさんの用意したマットと寝袋に入るが、すぐには眠れない。6時起床だが、ガンジーが早く起きてガサガサしなければいいが。 ムッシュの寝息が聞こえる・・やがてZZz...