伊那谷の春近し

 

大学教員の仕事の1つが卒業研究指導である。略して卒研。論理的思考のトレーニングの場である。先行研究調査、仮説、仮説検証のための方法、 実験、結果、考察をへて、本論文作成、抄録作成、発表という流れに1年以上の時間をかける。

論理的に考えることがなされていない学生にとって、複雑な事象の解析に仮説を立て検証することはいわばグシャグシャにもつれた釣り糸をほぐすようなものである。

どこから手をつけていいか、わけがわからない。そこに「ここを摘まんで引けばほどけるよ」とアドバイスするのが仕事である。そこがわかるとグシャグシャにもつれた糸がハラハラとほどける (こともある)。

論理的に筋道を立てて考えることができるようになる。「わかった」という瞬間の学生の表情を見るのは、教員でよかったと思うときである。

学部の学生にとって研究成果がその後の仕事の役に立つことはない。教員が求めるのは研究成果ではなく、矛盾なく論理的に考え 、それを自分の言葉で論文としてまとめることである。卒研の苦労はその後に必ず役に立つ(からと言って、学生の尻を叩く)。

卒研発表が終わると、つかの間ホッとする時期である。

ということで翌日は伊那谷の天竜川で本流テンカラである。ここは2月16日が解禁である。今年もアンパラ のお客さんのフライマンが解禁に竿を出しているので、テンカラでも可能石鹸ではないかと21日に竿を出した。

初めての場所なので、アンパラの山本さんに場所を紹介してもらう。この日は風はやや強いものの暖かな日差しが春近しを思わせた。この季節、伊那谷の食文化、ざざ虫(クロカワ虫)取りの人達が浅瀬の石をひっくり返していた。

ならば魚もクロカワ虫を食べているだろうと、毛バリは「ザザムシ毛バリ」である。3mmのタングステンヘッドを2つ通し、黒い木綿糸でグルグル巻いて、毛を申し訳程度にパラッと巻いたものである。

教えてもらったポイントを釣り下りながらさぐる。毛バリまで8mの仕掛けで、これで大概のところはさぐることができる。テンカラでも本流は射程距離である。ただ、この時期は垢ぐさりで、石はヌルヌル。早春水泳しないようにヨロヨロと気をつけて歩く。冷たい川でこければそれこそ年寄りの冷や水である。

さすがに天竜川の本流である。イワナは60cm、アマゴで45cm、ニジマスの70cmぐらいのもいるらしい。この時期、そんなデカイのは期待できないが、今回は顔が見れればよしとしよう。

伊那市の街中なので、スーパーや大型電器ショップが並び、車やダンプが行きかい、渓流の雰囲気はないが自分の性にあっている。どこにいるともしれないが、出ればデカイところで、やたらめったら竿を振るのが結構好きなのだ。この季節、魚は動かないだろう。ならば石裏のタルミにいるかもと後半はそこを集中的に狙う。

オッ!かすかなコツアタリが。しかし二度めのアタリはなし。少し下流で、同じようなコツアタリ。乗らないのは口を使わないからだろう。おそらくオチョボ グチにして目の前に来た毛バリをつまむだけなのだろう。見たことはないけれど。

今日は5時までと決めていた。夕日が中央アルプスの向こうに落ち、暖かな日差しの中にいささかの寒さを感じるようになった。もう少しで終わろう。なんとか釣ろうと肩に力が入っていたので、疲れた。まったく釣る気が失せたその一投である。

「ウ!」

鵜がいたわけではない。

「コツ!」で反射的に竿がたった。

「ガツ!」ラインがピシッと音を立て、竿がグルッと曲がる。

「来た!」

「でかい!」 

直感でわかった。

ラインはピンと張ったままだ。

長期戦になるかも?

魚は動かない。

動かないはずだ。根掛かりだもの。

山本さんの話ではこの季節はイワナらしい。3月半ばの水ぬるむ頃からアマゴも動き出すようだ。今年は天竜川本流、梓川、犀川と長野詣が増えそうだ。伊那谷の春は近い。竿を出した場所の一つが 伊那市の春近だった(これホント)。