ワイオミングのレインボー

その4 打率3割

 

キャンプサイトはALCOVAのダムの横にあった。がっちり固定された大きな鋼鉄製のテーブルとイスに屋根。これが3つある。他に大きなトイレ、グリル、そして鋼鉄製のゴミコンテナ。電気はない。

もちろん無料。アメリカで数回キャンプしたが、どこも簡素だけれど必要なものは揃っている。ただし乾燥地帯なので焚火には制限があるようだ。ここも焚火は1mぐらいの丸いグリルだけ。

アメリカで感心するのはトイレが大きくて清潔なことだ。ここは4畳半ぐらいある。どこも底がわからないくらい深いボットンだが、臭いがない。トイレットペーパーは十分完備されている。水道はあったりなかったりだが、ここにはない。こんな田舎に水道を引くのは大変だからだろう。

めいめいが夕食を作る。ダーグがパプリカとタマネギの肉炒めを作る。これにパン。ダニエルは奥さんの作ったカレーを温める。グリルではレインボーの塩焼きとステーキ。私はそれらをつまみ食い。これにビールを1本程度。ただそれだけである。実に質素。酒を飲んでさわぐこともない。

ダニエルがウォーターメロン(スイカ)を持ってきた。実にまずい。甘みがなく、文字どおり水っぽい。ちょうど塩があったので塩をかけて食べると甘いよと教える。一同、塩? 塩をかけるのか? ところが塩をかけてみると皆、親指を立てて「グゥー」 やっぱりスイカには塩でしょ。

質素で静かなディナーが終わりそれぞれテントに。ダニエルが私のテントを作ってくれた。軍隊用じゃないかというくらいごつくて厚いマットを敷いてくれたので石がゴロゴロの背中も気にならず、この夜はぐっすり眠れた。

朝の空があやしい。雲が厚い。いまにも降り出しそうだ。やがてパラパラと雨が。このあたりで夏の季節、パラパラでも雨が降るのは珍しいらしい。

私は雨男ということになっていて、私が箱根を越えると関東は雨どころか嵐になると言われるが、やはりここでも本領発揮である。私は日本では雨男と呼ばれていると言うと、お前はカリフォニアに行かなくてはとマークが言う。雨はわずか20分パラパラ降っただけだった。

ボートがある。これでダム下のビックフィッシュを狙うようだ。仕掛けを見るとクモやミミズもどきがある。毛バリは全体に小さい。やはり小さい餌を食っているのだろう。

簡単な朝食の後、私とダーグは10時から昨日と同じ場所に入る。仕掛けは昨日と同じ。さすがに昨日、散々やった場所なのでアタリは少ない。結局、この日は2時までやって7つ掛けて、1つキャッチできただけだ。

昨日はよかったのにとダーグが言うが、打率が低い理由がよくわからない。この日は食いが渋いということで、ハリを20番に落としている。それで掛かっても外れてしまうのかもしれない。

バレたハリを見るとゲープが広がっているので、パワーに耐えられないのかも。結局2日間で18打数6安打、打率0.333である。ダーグは5割らしい。ハリスを切ったのが2日間で3回だった。

この間、ダニエルとスティーブはロープでキャニオンの底に降りている。釣りだけならどこでもできるのにクライミングとテンカラの両方を体験したいのだろう。底に降りた割にはビックサイズの魚は出なかったようだ。

厚い雲が次第に薄くなり、やがてワイオミング晴れになった。日本の秋のような青空が川に映り、青い川のように見える。開放感がすばらしい。

帰りにALCOVAのジェネラルストア(雑貨屋)でアイスクリームを食べる。おそらくこの村で唯一の雑貨屋だろう。釣りのライセンスだけでなく、食べものはもちろん下着も売っていて、お土産もある。大盛りのアイスクリームを食べた後、ダーグとハグして分かれる。いい奴だった。おそらく、これから会うことはないだろう。

ふたたび5時間のドライブである。ひたすらフラットな道を帰る。やがて薄明りの中に、フラットアイロンがうっすら見えてきて、ボルダーの街に戻ったことを知る。

日本でも50cmサイズのニジマスをテンカラで釣ることはできる。遠くは北海道があり、私の圏内では犀川、三重県の員弁川などである。ニジマスを釣るだけなら、わざわざアメリカに行くまでもないが、アメリカならではの体験は私にとって生涯の思い出になった。

明日は最終日。ダニエルの顧客へのタイイング紹介とデモが予定されている。時差ボケはすっかり解消し、身体は現地モードで動くようになっていた。