ワイオミングのレインボー

その3 ノースプラット川

 

朝5時半出発。市内でスティーブと合流し、一路、ワイオミングへ。5時間ぐらい走るだろうとのこと。やがて東の空が次第に明るくなる。日の出だ。

地平線からの日の出を初めて見た。日本ならほとんど山から、あるいは海からだ。ここでは太陽は地平から出て地平に沈む。このあたりはアメリカでも海から最も遠いところだ。生涯、海を見ることのない人が大勢いるだろう。

ただただ、ひたすらまっすぐである。ワイオミング州に入ると枯れた草と低い灌木の半砂漠地帯を走る。時速は110〜130kmぐらい。

ララミーという町を過ぎる。私たちの世代にはなつかしいTV番組「ララミー牧場」の舞台だ(たぶん)。前にも後ろにも車はいない。ひたすら何もない。家もない。遠くに黒い点のよう見えるのは牛の群れだ。100両はあろうかという貨車をけん引して、列車がゆっくり走っている。

ダニエルがここなら土地はいくらでもあるので住んだらと冗談を。誰も住めない土地だ。水がない。これまで川らしい川を渡っていない。川らしいところはすべて干上がっている。茫漠たる道をひたすら走ること6時間。

突然、幅60mはあろうかという川が現れる。なんなんだこの砂漠地帯に。ダムだ。ダムの放水が川となっている。

ダムの周辺にALCOVAという小さい村がある。ここは釣りのベースになっているようで、たくさんのボートや宿泊用の簡素なキャビンがたくさんある。ダムができてから村ができたらしく、それぞれの家は簡素で歴史を感じさせないつくりである。

ALCOVAから30分上流に行くという。途中、垂直の壁の間を流れる峡谷を渡る。フリーモントキャニオンというらしい。高さは30mくらいあるだろうか。水は緑に茶色を流した色に濁っている。

60cmサイズのレインボーがゆっくり遊泳している。明日、ダニエルとスティーブはロープで降りてここでテンカラをするという。そのためのヘルメットとロープを用意していた。

峡谷の上流が釣り場で名前はノースプラットリバーとのこと。平坦な流れである。上流もダムでダムとダムの間が釣り場のようだ。

今回、案内してくれるのはプロのフィッシングガイドのダーグ(Doug)だ。ALCOVAに住んでいるらしい。ダーグのスタイルは半ズボンと運動靴である。水のボトルをズボンのポケットに入れ、小さい袋に仕掛けを入れてテンカラ竿1本。それですべてである。およそプロのガイドとは思えない服装だ。

いい奴ということがわかる。笑い顔が実にいい。言葉はうまく伝わらないが、素朴で釣り好きということがすぐにわかる。

他にマーク(鼻毛が気になる)、犬をつれたたくましい女性(名前は失念)、それにカメラのジェフだ。

出撃前のランチはトルティーヤにハムやターキー、野菜などを巻いたもので、これを富士山サイダーで流し込む。こんな山の中で富士山サイダーとは。もちろんボルダーのマーケットで買ってきたものだ。

ダムとダムの間なので水は悪い。岸辺の藻は腐っている。生活排水はないので臭いはないが、お世辞にも綺麗とは言えない。

ここに大きければ60cmのレインボーがいるらしい。川幅は広くて20m程度で、少し立ちこめばすべて探れる。さっそくダーグが掛けてイッシーと呼ぶ。ちょっと待て。お前はガイドだろう。先に勝手にやって、タモですくえと言うのか(笑)

ここでは魚はテンカラの毛バリにはまず出ない。ライズをしない上に、小さい餌しか食わないからとダーグが仕掛けを作ってくれる。発泡のインジケーターの下1.5mぐらいにビーズヘッドの沈む毛バリを付け、そこから30cm下に18〜20番の毛バリを一つ。ハリスは4X(1.0号)だ。

竿はもちろん本流テンカラ。ラインはレベルライン3.5号を4mにする。インジケーターがキュンとひかれればアタリである。

ポイント(向こうではスポット)がどこかわからないが、どこにもいるからとダーグが言う。ダーグが攻めているようなところがスポットに違いない。

目印がキュンと引かれた。アタリだ。ガッっと竿が立ち、ギュンギュン糸鳴りがする。18番と小さく、ハリスは1号なので無理はできない。ダーグが横に来てアドバイスする。 立ち位置は魚の横にしろ、上流だとテンションがかかりすぎる、魚が動いたらお前も動け、魚が弱るのを待て。

魚をずり上げてはいけないというルールがある。ハリスを持ったら切れるのでタモですくうしかないが、テンカラのタモではとても入らない。ダーグの長い柄のついたラクロスのラケットのようなタモですくう。

しかし、ラインの長いテンカラでは一人ですくえないので、2人一組になり、どちらかが掛けたら片方がすくうしかない。

2〜3分くらいかかったかもしれない。やっとタモに収まった。45cmくらいであるがスモールとのこと。もっとでかいのがいるとダーグは腕を1mくらい広げるが、どこも釣り人の腕は長いようだ。

掛けるのは簡単だ。目印の動きでわかる。ときどきアタリだ!と思ってあわせると石についた藻に掛る。もぉ

取り込みが難しい。魚は下の18〜20番のハリを食う。こんな大きな魚がこんな小さい餌しか食わないのか。上のビースヘッドに掛ることは少ないらしい。オモリと誘いバリの役目のようだ。

魚が走ると止まらない。魚について動ければいいが足場が悪かったり、腐った藻で滑るので、魚の疾走に遅れるとウンスンもなく、仕掛けごとブチ切って行く。上、下流への移動はなんとかなっても、対岸に走りだしたら無理だ。ダー グでもキャッチできるのは2本に1本とのこと。

川が濁っているので魚は見えないが、おそらく幅20mもないこの川に数多くの魚がいるのだろう。50mほど移動して場所を変えれば、ここぞという流れからはまずアタリがある。しかし、とれない。魚がハリのテンションを過剰に感じると走るので、テンションが少なくなるような立ち位置で、魚の疲れを待つ以外にないのだろう。

でかいのを掛けた。これまでの動きとはまるで違う。底についてジッと動かない。竿でテンションを少し掛けるとジリジリと上流へ、そして対岸に動く。これはまずい。なんとかこちらに頭を向けさせなければ。

ダーグもダニエルもでかいとわかってアドバイスをくれる。強いテンションを掛けるな、粘れというものだ。突然、ググーッと対岸に走った。その疾走についていけない。竿が伸びきって、口に強い張りを感じたのだろう。レインボーは水面から1m以上ジャンプしてハリを外した。

でかかった。洋の東西、逃げた魚は大きいことになっているが60cmサイズである。ガックリして両手を膝にあてて、水面を見つめている私の肩をポンポンとダー グが叩いた。「残念だった。でもいいファイトだったよ」

リールがあればドラグで魚とのやりとりができるが、テンカラ(のべ竿)では限界がある。60cmサイズはまず無理ではないか。

結局、この日は11匹掛けて5匹キャッチした。うち1匹はカットスロートである。40cmオーバーだった。他にブラウンがいる。ブラウンを釣ればグランドスラムだった。レインボーはワイルドだが、カットスロートとブラウンはモンタナのスネークリバーから移植したもので、ここで繁殖しているという。

魚を浅場に横にして写真を撮ることはルールでダメらしい。すぐにリリースしなければならないようだ。魚の写真も本来は水面から持ち上げてはいけないようだが、ダー グもやっているので勝手にOKにした。

乾燥地帯である。喉が乾く。歩く散水車状態の私には水は命そのものである。水の国、日本生まれの私は細胞のすみずみまで水に満たされ、かつたっぷり必要である。

水は十分持ったつもりだが、2時間持たずにすべて飲み干してしまった。水、水・・・喉が乾く。そのうち喉がひりついて声が出なくなった。ウォーター、ウォーター! ダー グがそれを見て水を1本くれる。

それだけ飲んでいるのにオシッコがほとんど出ない。汗もかかないうちに蒸発しまうのだろう。ダーグの身体は少ない水で適応できる乾燥地仕様のようで水をほとんど飲まない。

釣り場の踏み跡の草は倒れ、石はテラテラに光っている。大勢がここで釣りをしていることがわかる。これまでアメリカで案内された釣り場はすべてそうである。どこも川に沿って道ができるくらいに踏み固められている。

つまり、どこでも釣りができるのではなく、安全で、かつ魚がいる場所は限られているのでそこに集中する、集中せざるを得ないからだろう。おそらくこの川の上流の人跡未踏のような場所にも魚はいるのだろうが、道路、安全、水などを考えれば、釣り場は限定されるのではないかと思う。

雲が次第に厚くなってきた。今夜はキャンプである。