ユタのテンカラマン

ー静かなる男とワイルドエリックー

 

イギリス人のアテンドの後は、ユタからの3人である。ジョーンとエリック、エリックの奥さんのアンである。ジョーンとエリックには2011年のモンタナ 州のイエローストーン、2012年にはユタ州ソルトレイクで会っている。アンともソルトレイクのディナーで一緒だった。

名古屋のホテルでピックアップして一路、石徹白川へ。ちょうど前日に梅雨入りして、あいにくの小雨模様である。イギリス人のときは、2週間の滞在中 、雨はわずか1日で、日本の渓流の最も美しい季節を堪能したが、乾燥したユタからすれば日本の梅雨はジメジメして蒸し暑いに違いない。

エアコンを強にして走る。今回も白鳥の平田釣具店に寄った。事前に連絡してあったので、あいかわらずの気前のよさで、まむし毛バリのタイイング、馬 素の束、1本1000円のまむし毛バリのプレゼントをもらってご機嫌である。彼らには値段は言わなかった。

店の前でキャスティングの披露もあった。使っているオレンジのラインが調子いいのでこれもプレゼントしようか?と平田さん。それはフライのバッキングライン。よく見ると Made in USAなので、さすがにやめた。

石徹白ではさっそくC&R区間へ案内。ここはイワナが多いけどいっぱいるよ。「どうぞ!」とやってもらったがさっぱりである。大渇水である。この雨でも活性があがらないようだ。

次第に慣れて来たところでジョーンがイワナを3匹釣った時点で、エリックはゼロ。エリックはあせっているようで、川をガッツン、ガッツン、ジャブジャブ歩く。

ジョーンは剣道2段で剣道の先生をしているらしい。さらに合気道は3段。合気道3段になるまでに15年かかったようだ。さらに居合道も茶道もする 。実際にユタの渓流で、彼の居合抜きを見て、お茶のお手前をいただいたのである。茶窯を渓流まで持ち込んだり、岩の上にゴザを敷いてのお手前だったので、膝が痛かったことが想い出される。

ことほど左様に、静かで動作にムダがない。渓流の歩き方も静かである。「静かなる男」「静かなることを学べ」である。職歴も変わっている。消防士、森林レンジャー、ヘリコプターの操縦士、その他の経歴である。日本ではちょっと考えられない。

アテネオリンピックのアーチェリーアメリカ代表選手権で4位。3位まで出場のため出られなかったが、つまり、日本の武道をやり、茶道もやり、職業も転々としながらアーチエリーで全米4位である。日本ではひとつのことを続ける人が多いが、アメリカには多彩な才能を発揮する人がいるものである。ニックネームは「笑山」。もの静かでジョークが好きで静かに笑う。

エリックが焦っているのがわかる。というのも奥さんのアンが写真を撮っているので、格好いいところを見せなければと思っているからだろう。ますますジャブジャブ速足で歩く。

エリック、ここの魚は敏感だから静かに歩かないと、と言うが、聞く耳もたないようだ。だがどうやらアメリカとは違うとわかったようで、次第に静かに歩くようになり 、キャスティングも小振りになった頃から次第に釣れるようになった。

今回も忙しい中を石井さんが東京から通訳としてかけつけてくれたのでコミュニケーションがとれた。感謝である。石井さんを介してわかってきたことがある。

エリックは高校の理科の先生らしい。化学、物理、生物、地球科学全般を教えているようだ。アメリカは6月から夏休みなので休みがとれたのだろう。奥さんのアンは最近、Public Healthで博士号を取得したようだ。ドクター・アンである。

私も博士の片隅の、沈殿の一人なので、彼女も私も、研究者どうしお互いの研究に興味があるのだが、なにせ石井さんなしでは話が通じない。彼女の気づかいはエリックより高いようで、エリックが早口で難しい英語で話かけるのを、その後にゆっくり簡単な英語で話してくれるので、理解できることも何度もあった。

アンはエリックをクレージーアドベンチャーだと言う。たしかに、普通そんなことしないよな、ということを平気でする。まず、ほとんどウエイダーを履かない。膝小僧丸出しである。それでガンガン歩くので傷だらけである。血が出ている数ヵ所をさして「これはヒルに吸われた」というけれど、ここにはヒルはいないよエリック。

小指の半分くらいの、でかい黒川虫を見つけた。「これは何だ?」これは黒川虫といって長野県の一部の地域では醤油づけにして食べると言うと「そうか !」と口にほうり込んでムシャ、ムシャ。食べたぞと口をあける。

でかいカディスの入っている筒(ケース)を見つけた。割ってみるとなかから羽根の生えたさなぎがウネウネと。いただきますとばかりに、これも口にほうり込むむちゃぶりである。どんな感じ?と私。最初はいいが後味が悪いらしい。苦いのかな。

スギちゃんのワイルドだろう!を地でいくような男である。私の「ワイルドエリック」のネーミングが気に入ったようだ。彼の理科の授業はユニークに違いない。NHKの取材も受けたがインタビューは終始、ハイテンションであった。

私はホルモン狂徒であるが、彼らはモルモン教徒のようである。モルモン教徒は一滴もアルコールを飲まないらしい。ディナーの乾杯は水である。私はまったく問題ないが、飲めるし、飲みたい石井さんや暇野さんにはツライかもしれない。飲みものはコカコーラとファンタが好きである。

不思議なことに皆、小食である。日本食ばかりだからか? 口に合わないのではなく、どうやらただの小食。しかし日本の米はおいしいと言う。カリフォルニア米やタイ米に比べて断然おいしい。けど、茶碗1杯である。

彼らの前で3杯メシをモリモリ食べる私はどう映っているだろうか。ジョーンは巨体だけれど食べない。イギリスのジョンもそうだった。二人ともあの身体をあんなに小食でどうして維持できるのだろうか。

今回、イギリス人とアメリカ人のアテンドをした。ともに2週間の滞在である。海外旅行にこれくらいの時間をかけるのは普通なのかもしれない。

イギリスの2人はテンカラのさらなる高みを目指す求道者で、日本の歴史や文化に関心が高かったが、アメリカ人はフリーで、かつオリジナリティーであることを重視する印象である。イギリスから独立したアメリカの気概なのだろうか。これが国民性の違いなのか、あるいは個性なのかはわからないが、私にとってもいい経験になったことは言うまでもない。

日本の魚が少ないことに心が痛む。ユタの渓流ででかいレインボーをテンカラでとりこむ映像を見せられると、日本だってかってはそうだったのだよと言いたくなる。

アメリカだってキャッチ&キルだったが、1950年ごろからこれではいけないとC&Rが次第に浸透してきたようだ。日本はそもそも漁師がC&Rはしないという前提の漁業法なので、釣りは漁業であり、ゆえに魚は獲り放題である。

アメリカでは釣りはレジャーであり遊漁法により規制されている。ユタ州では1日にキープできるのは4匹であるという。だから魚はどこにもいる。車を降りて30秒で尺ものも珍しくない。

どうしたら渓流魚を殖やすことができるか、方策の1つがC&Rであるという話はフィッシャーズホリデーのゲストの佐藤成史さんの話なので、これは次回に。