イワナの縄張り抗争

 

月並みな表現だが連日、うだるような暑さである。高知県の四万十市では41℃を越えて日本新記録だそうである。言うまでもなく昔はこんなに暑くなかった。30℃を越えると暑い! なんて言ってた記憶がある。

暑いからクーラーを開発し、今では一家に数台のクーラー。ビルは全館冷房となると、そこから出る熱風で暑くなり、暑いからと言って更にクーラーを増やし、さらに暑くなり・・・。クーラーがない方が涼しかったのでは?と思うことがある。しかし、一旦、手に入れた快適さからもう戻ることはできない。我々はどこまでも行くしかないのだろう。

暑くてもテンカラとなると涼しいとこしかない。と言うわけで高原のテンカラである。標高1500mとなるとイワナである。この日はいつも遊んでもらっているNさんと午前6時からスタート。最初こそ、段差は小さかったが標高が高くなるに従い、上のポイントまでの落差が大きくなる。

いくつかの堰堤を巻き、石を乗り越え、上に上に。午後3時過ぎまで休みなしにやったが、最後の頃は、上の段のイワナと自分の眼の高さが同じくらいの段差になってきた。下を見るとスキーのジャンプ台から見ているような落差である。ちょっとおおげさ。200mの距離を釣ると、100m落差がある感じ・・というと2:1の直角三角形として、斜度30度。

本当に疲れた。昼を回るころから「もう帰ろうよ」と思ったが弱音を吐くわけにはいかないので、なんとかくらいついた。途中から早くも筋肉痛である。フクラハギが痛い。その夜はNさんの家族と一緒に焼き肉である。肉となると目がないのでまたまた大食いで、血液が一気に酸性に傾いた。

翌日はテンカラ界の三馬鹿大将と一緒である。三馬鹿大将と言っても若い人は知らないだろうが、だからと言って説明はしません。ミャンマー、インド、中国と続けて島流しの刑になり、年1回の七夕テンカラの國分さん、ハーモニカ職人で鼻の中に入れるハーモニカを目指しているムッシュさん、そして顔を見ただけで、「ど、ど、どうぞ先をやってください(怖ッ)」と先行者がポイントをゆずる本当に顔が怖い藤原さんである。

それぞれ歳を重ね、テンカラも円熟というより枯れてきていて、今にも折れそうな3人と前日の疲れで筋肉痛の私の組み合わせなので、テキトーテンカラである。釣れても釣れなくてもよし。高原の一日が楽しめればいい。

先行者も多かったのでイワナも、スミのスミから毛バリをひったくるような出方である。ここは魚がいないのではと、皆が疲れ果てて帰る午後5時7分20秒。なんとヤクザも驚くイワナの縄張り争いを見たのである。

そこは林道から淵全体が見えるので、魚の着き場、匹数、サイズがわかる。魚は優勢順に序列があり、強い魚から一等地を占めるというのは本ではよく見るが、隙あらば一等地を奪いとる抗争までは本には書いてない。

最初は@とAの魚が見えた。@の一等地にイワナがいる。多くの餌が流れ込み、流速も回転寿司の速さで捕食しやすい。ここは誰でも攻めるところだ。イワナにも、テンカラにも間違いなく一等地である。

Aが二等地である。一等地のおこぼれが流れてくるところだ。ときどきAが@の様子を見に来る。空いていないか見にくるようだ。その都度、@がユラッと動いて追い払う。威嚇しているのだろう。

Bは穴なので魚は見えなかった。突然、イワナが穴から出て@を見に来た。すると@のイワナが一目散に追い掛け、追い払った。上から見ているのでその一部始終がわかるが数メートル離れているのに、@にはBが穴から出てきたのが、どうしてわかるのだろうか。

ムッシュさんはやる気である。最初Aを狙った。イワナはユラッと動いて毛バリを追ったが、合わせが早かったのか掛からず。コッと感触があったので毛バリを触ったとムッシュさんは言うが、イワナは逃げない。しかし感 づかれたようで二度と毛バリを追わなかった。普通なら逃げるのに、晩飯の時間だから、ここで逃げたら場所を取られるので踏みとどまったのだろう。

今度は@を狙う。見事、一発で@のイワナを掛け、ドヤ顔で写真に収まった。すると、するとである。その直後にAのイワナが@の一等地を占めたのである。時間にして数秒である。「一等地が空いたぞ、ソレ」。この魚は、さっき毛バリを触ったのでもう毛バリには反応しなかった。賢い。

Bにイワナがいることがわかったので、今度はそこを狙った。一発で掛け、またドヤ顔で写真に収まった。またまた、するとである。突然、流れの中にいたCのイワナ(これは上からは見えなかった)がBのいた穴に移動したのである。「三等地が空いぞ、今だ!」

どうして、穴が空いたことがわかるのか。イワナの不動産屋がいて、「ミニミニです。いつもお世話になります。お客さんいい部屋が空きました」なんて言っているのだろうか。

いずれの魚も9寸程度である。この抗争に参加できるのはこのサイズの魚なのだろう。この淵にはもっと小さいのもいるのだろうが、大きくなるまでおこぼれを食べ、抗争の仕方を見ておいて、大きくなって組長になったあかつきには縄張り争いの抗争に参加するのだろう。

ここまで激しく入れ替わっていることは釣り人目線ではわからない。通り一遍、毛バリを打って出ないな!で終わってしまうが、多くの魚が激しい抗争をしている のを見るのは本当に面白かった。

帰りは登り30分であるが、釣れなかったけれど収穫は大きく、皆の声は明るかった。3人の眼の前で2匹掛けたムッシュさんの声はハーモニカのようだった。どんな声?

街に下りてボリュームのあることで有名な店に行く。かなり量が多いが、ペロリである。竿を振らず他人のビデオを撮るだけが趣味というヨッスイさんが一番、早く完食である。だからデブなのだ。人のことは言えないけれど。

その夜は雲ひとつない満天の星空に天の川。ペルセウス座流星雨の夜である。イスに座り、流れ星を見る。気温は18℃。下界は30℃。肌寒く感じる高原で見る流星雨。ひとつ、またひとつ数えるうちに目が開かなくなり、深い眠り落ちていった。

気の合う仲間との釣り。イワナの抗争。満天の星の中の流星雨。大食いの幸せな2日間であった。

@に定位するイワナ(動画)

Aに定位するイワナ(動画)

Bのイワナを掛ける(動画)

CにいたイワナがBに入ったので、これを狙うも警戒される(動画)