イギリステンカラ紀行(5)  アイザック・ウォルトンの川で

 

日曜の今日は、地元のフライフィッシングクラブでテンカラの紹介をする日である。このあたりはThe Compleat Angler「邦訳・釣魚大全」(1680年ごろ)の著者、アイザック・ウォルトンの生まれたところらしい。そのため、このあたりの川で釣りをしただろうと推測されている。1680年ごろは日本の元禄時代である。

私も30歳ごろだったと思うが「釣魚大全」(森秀人訳)を読んだ。しかしとても読み切れなかった。ダラダラと話が続いて退屈で途中でお蔵入り。今も本棚でホコリをかぶっている。ウォルトンが竿を出したかもしれない川かもと思えばもう一度読み返す・・・ことはない。

本には毛バリ釣りの話もある。どの毛バリがいいなどのお決まりの毛バリ談義もある。考えてみればリールが開発され、今のようなフライフィッシングになったのはそう遠くない昔で、ウォルトンの頃の毛バリ釣りはテンカラと同じだっただろう。

竿は柳の木などを削った2m程度のものに、ラインは馬の尻尾や絹糸をよったもので、ハリスもそのようなものだったと思う。つまりテンカラと同じ仕掛けでやっていたわけである。 木の棒では重くて長くするには限界がある。そこで、もっと遠くを釣りたいという必要がリールを発明させた。

しかし、竿の素材として最適なさまざまな竹が豊富にあった日本ではリールの発想は出なかった。結果、フライとテンカラはスタイルが違っていったが、 その昔は同じようなものだったと思う。

クラブハウスの前にはすでに10数名が集まっていた。会長さんが歓迎の挨拶で、2020年オリンピックが東京に決まっておめでとうと言ってくれた。 前日に決まったのだ。

私からは地震・津波被害へのイギリスからの支援に感謝するむねを安倍総理に代わって話す。事前に総理から感謝の気持ちを伝えてほしいと言われていたので(笑)

このクラブは来年で創立50周年とのことである。入会金を聞いて驚いた。スティーブの話では入会金はなんと1500ポンド(240万円)で、年会費が1000ポンド(160万円)とのこと。しかも入会まで5年待ちとのことである。今日集まっている人は会員と入会待ちの人たちとのこと。17Kmにわたってクラブの川らしい。

つまり、これだけのお金が払えるのは功なり名をとげた人たちのクラブで、フライフィッシングを通してのサロンなのだ。年齢層が高いのはその理由なのだろう。釣りをすると言っても、川を見て、お茶して、ほんの少し竿を出して1日を過ごす。午後の個人講習 をすると、ほとんど釣りをしていないことがわかる。

さっそくデモをしてほしいと言う。このクラブの人達はテンカラのことはうすうす知っていても、生テンカラを見るのはまったく初めてだ。一体どんな釣りなのか興味津々である。

クラブハウスの前でデモフィッシング。底に水草が茂っていて、その中に魚が隠れているようだ。 水は日本の渓流のようにクリアではなく少し濁りがある。自然に流す、誘いをかけるなど一連のテクニックを紹介するが、水が冷たくまったく反応がない。これは困ったゾ。

そこにスチュワートが助っ人に来た。スチュワートはフライフィッシングの世界選手権イギリスチームのメンバーで、フライのエキスパートである。 昨日も参加している。日本チームのメンバーとも親しく、日本メンバーの長野の家にも来ている。

小諸市のその家に泊まったとき、朝、ドーンというすごい音がして揺れたので「なんだ?」と外に出たらなんと山(浅間山)が噴火したのだという。山から火が出ていて驚いた。それはそうだろう。日本人でもびっくりするのだから。

スチュワートが木の下に小さいライズがあるからあれを狙えという。たしかに2、3匹がライズしている。毛バリは12番、これでは食わないだろうとの予想どおり完全無視である。テンカラではこういう魚は相手にしないのだよスチュワート。彼がこの毛バリなら釣れると出してきたのが30番サイズのミッジである。まぁ、 止めとこう。

デモを見た感想の1つに、竿がしなやかに曲がり、細いラインが描く動きが綺麗。誘いのときの毛バリの動きが生きている虫のようというものがあった。フライではできないことだからだ。

デリバリーのランチが届く。イギリス名物のフィッシュ&チップスではない。お金もちのランチなのでサンドイッチもワインも各種、デザートもついて豪華である。

毛バリを巻いてほしいというので2本はゆっくり説明しながら巻くが、それ以降は1分毛バリを量産して全員に配る。これで釣れるの?という顔がありありである。これで釣れるんです。

午後はデモと個人レッスンである。全員で上流に向かう。途中、ここでデモしてほしいという。そこはほどよい流芯の流れがあり、テンカラ向きの場所である。流芯の一等地で、デカイのが尾ビレを出しながらライズを繰り返している。その脇には35cmクラスが数匹、深く沈んで遠慮がちに泳いでいる。

ではここでトライ。普段歩く道から竿を出すことにする。ラインは2.5号5m、ハリス0.8号1.5m、ハリはさっき巻いた12番のいいかげん毛バリである。

脇の魚に毛バリを落とすが水面には関心がないようだ。ならば流芯のデカイ奴狙いである。あのビックサイズを狙うと宣言して、ライズしている魚の前にポトリ。一発でくわえる。 ガツッ! しばらくいなした後、水面まで降りて取り込みに入る。

リールがないテンカラで大物をどうやって取り込むのか誰もが興味あるだろう。ラインを寄せ、つかみ、ハリスをたぐり、魚が走ればハリスをゆるめの繰り返しをじっくり見てもらった後、ネットにおさめる。50cmのレインボーである。

全員から拍手である。私もテンカラの威力を目の前で見せることができて、本当にうれしかった。どうだ、やったぜ。道の上から竿を出すなんてフライなら不可能なのに、それをやってしまう上に、あんな粗毛バリで釣ってしまうなんて、テンカラはすごいと思ったことは間違いないだろう。

流れがあるところなら毛バリは関係しない。テンカラはシンプルな仕掛けで、シンプルに考えることが分かってもらえただろうか。

ジルジル・・テンカラウィルスが脳にしみ込む音がする。メンバーの目の色が青に変った。そうか、もともと青なのだ。

その後は、例によって3人づつのグループに分かれて5分交代で釣りである。今日も最上流から5分づつレッスンである。女性には特に念入りに。キャスティングや誘いのとき、つい、 「そう!そう!」と出てしまう。So? What? というわけで、SoはNiceのこと。イギリスでも褒めて育てるのがいい。

全員のレッスンが終わるまで2時間。少々疲れた。では解散となって一人づつと握手しながらグッバイ、今日はいい日だった、すばらしいテンカラを体験してよかった。それはよかった 、私もテンカラを紹介できてハッピーだった。お元気で・・・を繰り返す。全員とお別れの挨拶が終わるまでに20分。おじき一つの日本はいい。

全員が帰った後、今度はポールとジョンへのアドバイスである。2人のテンカラのレベルは高い。生テンカラを見たことがないのに、よくこのレベルになったものと驚く。キャスティングはできるので、いろいろな誘いを紹介する。

誘いを彼らはマニピュレーションと呼んでいた。巧みな操作という意味ではないかと思うが、むしろ、Sasoiと呼んだ方がいいのではないかと思う。 彼らはイギリスのテンカラをリードするに違いない。

これで今回の予定はすべて終了である。8日間の滞在中、雨に降られたのは1日だけ。彼らには私はサンシャインマンと呼ばれていた。私が帰国した後、イギリスは雨が続いているという。

番外編につづく