イギリステンカラ紀行(その4) 講習会

 

今日はすでにポールやジョンたちの講習を受け、テンカラをやっている人たちに対する講習会である。ポールやジョンのテンカラのレベルは高い。テンカラの勉強もしているが、いかんせんDVDやYouTubeなどの見よう見まねである。本物のテンカラを見たことがない。

テンカラの母国、日本のテンカラを教えてほしいという依頼である。というのも、すでにイギリスでもテンカラをビジネスとするWebがあって、そこではグッズをただ売るだけでありテンカラについて適当に教えているという。教えることができないからだ。

そのため彼らに言わせるとインチキ(inchikiという言葉を使っている)なことが伝わっていて、イギリスにテンカラとはかけ離れたものが拡がっている。これはまずいという危機感があるようだ。

TenkaraUSAが2009年に起業して以来、ロシアのTenakraprimが起業し、その後、これらを含め、現在、世界で16のテンカラをビジネスとするWebサイトが開設されている。

テンカラがビジネスとなると思えば起業するのは世界のどこでもあることである。日本の釣具店でわかるように、商品を売るだけで教えることはなくても別にとがめられることではない。

外国の文化、風習が正しく伝わるとは限らない。日本にはまだサムライやニンジャもいて、ゲイシャのような服を着て、食べるものと言えばテンプラやスキヤキという誤った知識を持っている人もいる。私たちだってイギリス人に対する誤った知識を持っているかもしれない。

ポールとジョンにすれば、インチキなテンカラが拡まることは我慢できないようだ。テンカラが正しく伝わるには日本のテンカラを見て、話を聞くことであるということから講習会となったものである。

私のテンカラが正しいテンカラだなどと言うつもりはない。十人十色のテンカラでは正解はないだろう。大事なことはテクニックを伝えることではなく、テンカラは日本に古くから伝わる文化であることを伝えることである。

文化というと大げさであるが、テンカラはフライフィッシングに匹敵する歴史を持ったものであり、日本の風土に適応し、日本人の精神を具現化したものと考えている。伝えるための背景となる日本の歴史や文化についての知識がなければならないと思う。

1本の毛バリで釣ることや道具に依存しないシンプルさに彼らは驚く。そういう発想はフライフィッシングにはなかったことだからである。アメリカも含めイギリスでもオリジナリティを重視する。つまり、真似したものに価値を見出さないのだ。

ジョンもポールも、日本人がイギリスでフライフィッシングをしても、それは真似しているだけなので興味がないという。日本にテンカラというオリジナリティ があることに尊敬の念すら抱いていることがわかる。私たちはテンカラをしていることに日本人として誇りを持っていい。

集合は朝9時、この地域の釣りを管理している日本で言えば漁協のようなところに集まる。日本ならサッと始まるが、まず全員が握手してまわって元気?などと会話を交わす。そしてコーヒーか紅茶、それにベーコンを挟んだパンを食べる。私も一人一人と挨拶を交わす。

スムースに石垣と言えず、どうしてもイシグゥワッキーとなるので、短くイッシーと呼んでほしいと伝える。石はstone、垣はwall、石の壁という意味で、「そら、そこらにあるでしょう」と、どこにもある石垣を指すと親指を立ててグーポーズである。 18名全員にやるので結構時間がかかる。

日本のようお辞儀で挨拶するというのはいい習慣である。握手は伝染病を媒介するからである。スペイン風邪(インフルエンザ)がヨーロッパで 大流行したのは握手や抱擁という習慣が一つの原因という説もある。お辞儀はその点でいいし、なにより一度に済ませられ、時間短縮になる。

全員が集まるまでに1時間半。コーヒーとベーコンパンで腹一杯である。ゆったりと時間が流れ、釣りを急ぐ様子はない。

全員が中高年である。人員構成は日本の講習会と似ている。一人だけ40代の人がいた。日本食が大好きでこれまで日本食を食べるだけで日本に4回行ったという。一番好きなのは「Sashimi」とのこと。ショーユとワサビで食べると「Oishii」と言う。今度、日本に来るときはぜひテンカラをやりにと言うと、食事と半々でというくらいだからよほど日本食が好きなのだろう。

会場は2日前のショーユ川の本流にあたる川である。昨日の雨で水かさが増え、更にショーユ色(赤ワインのような色)は濃くなっている。全員がテンカラ竿を持っている。竿の種類はさまざまである。日本製を持っている人もいる。ラインは全員がレベルラインで、ポールたちの指導 がいきわたっていることがわかる。

デモの時間は30分程度とのこと。 キャスティングの基本、アプローチ・・・その他、日本での講習とほぼ同じことをやる。簡単な英語で通用する(していると思う)。大事なことはアプローチであることを伝える。というのは川幅が狭く、浅い上に身を隠す石がないからだ。

講習中に1匹掛けるがナチュラルリリースである。日本では私は講習中に1匹も釣れない講師で有名ですが、イギリスでもやってしまいました、と言うと受ける。

ここから実釣である。3人づつのグループに分かれ、各グループ約200mの区間に入る。一人5分で順番に交代というルールのようである。私は一番上流のグループから1人づつアドバイスする。3人にそれぞれアドバイスすると、今度は下のグループでお願いしますというわけで、18名全員にヘタな英語でアドバイスする。

今日でイギリスも5日目である。英語づけになっていると耳が慣れてきて、単語はわからないもののこういうことを言っているなとわかる。口から英語がどんどん出てきて、それなりに会話になる。ただし、ほとんど伝わっていないだろうが。

伝えることは「ラインを水につけないで」「毛バリは3秒でピックアップしよう」「キャスティングは12時から10時、肘を軽く脇につけ手首だけで」

ショーユ色なので水底が見えない。上流には結構大きな淵があった。しかし、深いのか浅いのかまったくわからないのだ。おそる、おそる、ジリジリと前に進む。グループへのデモ中に連続3匹ブラウンが釣れて魚の数は多い印象である。ポールたちは水がないときに底の様子を見ておくそうである。なるほど、それしかないだろう。

最後の一人となった。私のアドバイスを待っていた。キャスティングはうまい。軽く手を添えると更に毛バリが飛ぶようになった。あそこを狙って、一歩前に出て・・。見事、掛けた。その瞬間をディーンが橋の上から撮ったので彼にとって生涯の記念になっただろう。

ひどいミッジである。陽のあたるところは特にひどい。目の前を何十という小さな虫が飛んで顔や手、首を刺す。耳の中まで刺す。その痒いこと。まさかと思ってハッカの虫よけを持参しなかったのだ。ムヒを顔から首まで塗りたくるが、痒みは夜まで続いた。ミッジは5月から9月までだそうである。つまりシーズン中いつもいるわけだ。虫よけは欠かせない。

その夜はホテルで参加者全員でディナーをして、私の講演の後にオークションである。おしゃべりが続いてディナーが始まるまでが長い。正直、腹が減っているが、時間どおりに・・・というか、もともと始まる時間も決まっていないようだ。遊びでもきっちり時間どおりにと思う私というか、日本人にはまどろっこしい。

私の講演は日本の渓流環境と渓流魚、日本の釣り文化とテンカラの歴史、魚の視力から毛バリの細部にこだわらなくてよい理由、テンカラの利点などである。質問も多く、関心が高かったように思う。タブン。

オークションは1つづつ競るのではなく、欲しいものに値札を貼るという日本方式にしてもらった。この方法は彼らには好評だったようだ。直接、○ポンドなどと声を出さない方が彼らも好ましいと思うのだろう。一番人気は福田さんの仕掛け巻き、春日さんのハサミケースである。実用的なものが好まれたようだ。

イザベルおばさんがタイムの葉を持って来てくれた。クンクン・・・そうかなぁ。イギリス人と日本人では、いい香りと思うものが違うのかもしれない。イザベルはオークションで3つゲットして喜んで帰っていった。

グッバイ。サヨナラ、今日はいい日だった、いい経験だったと握手して挨拶を交わす。全員とである。いさかかシンドい。時間は夜の11時をまわっていた。明日はクラブの講習会である。

つづく