イギリステンカラ紀行(その3) グレーリング

 

外が暗い。早朝降りだした小雨が本格的な雨となった。日本で言えば晴れれば10月初旬、雨が降れば11月初旬の気候である。この雨がいつまで続くかまったくわからない。朝9時から朝食である。軽めのメニューにする。

さて、どうするか。この雨では今イチ出かける気にはならない。そうだ明日、土曜の夜にチャリティーオークションがあるのでその準備をしようということになった。

当初、オークションは予定になかったようだ。日本から持っていったものをオークションしてもらい、お金をポールが活動しているイギリスのトラウト保護基金に寄付してほしいという私の願いによるものである。少しでも足しになればいい。

今回は横浜の福田さんから寄付していただいた沢山の仕掛け巻き、携帯ストラップ、ブローチなど。テンカラ界の左甚五郎こと春日さんのハサミケースやストラップなど。また、テンカラ仲間の沼津の菊池さんに寄贈をお願いしたカラー魚拓4枚である。

春日さんのものは機会があるごとに買い貯めたものである。せっかく買ったものをなんで寄付するのかと思うかもしれない。芸術作品なのでその素晴らしさを知ってほしいからであるが、私がお人よしであり、脇が甘いからでもある。

スティーブは日本語が堪能だが諺などは理解できない。お人よし? それなに? いい人? 脇が甘い? 英語では My armpits are sweet(私の脇の下は甘い)ってなるけどおかしいね。舐めたの?

菊池さんのカラー魚拓は見事である。とくに鮎の拓は背景の石まですべて拓している上に、鮎特有の体側まで表現されている。菊池さんはアマチュアだが、どうしても売ってほしいという人からは1枚10万円以上の値段がつくそうである。

今回は土曜のオークションでは展示だけにして、もっと高値で売れる年1回開催される規模の大きなオークションに出すことにしたようだ。

さて準備も済んだしせっかくのイギリスである。幸い小雨になった。雨でも釣らなけば。これからグレーリングが釣れるところに案内してくれるという。

むかった先でイザベルおばさんとその夫を紹介される。イザベルおばさんは60を超えているが、明るくてよくしゃべる人である。

私は40年前に金沢に行き海辺のホテルに泊まったという。そこで、それはイザベルさんが0歳のときのことですねとジョークで返すと、ワォ、アハハッという反応が返ってくる。

夫は雨なのにレインギアを着ていない。イギリス人は雨でも傘をささないと何かの本で読んだことがあるが、本当だ。防水が利いた厚い皮でできたコートのようなものを着ている。そして革靴のままである。

案内された川はどうやらあるクラブの管理下にあるようで、誰もが自由に釣りはできないようだ。日本からのお客さんということで許可されているらしい。イギリスはプライベートリバーが多く、川の釣りは複雑なようである。

雨で川は濁っている。カフェオレにブラックコーヒーを混ぜたような色である。10cm沈んだ毛バリは見えない。ゆるい流芯の向こう側がポイントだという。そこはゆったりと、ちょうど回転寿司の速さで流れるトロになっている。水深はわからないがおそらく1m程度ではないだろうか。

ポールがグレーリングは底にいて、ときどき水面まで出る。ビーズヘッドのような光る毛バリに反応するが、水面では反応しないというのでタングステンの黒胴毛バリを使ってみた。

数投目で糸がフケる。すわ、グレーリングか? 上がってきたのはブラウンの尺ものである。ブラウントラウト(茶鱒)の薄茶の体色は、原産国のヨーロッパの水の色に溶け込む保護色になっているのではないかと想像をめぐらす。

続く数投目でまた糸がフケた。ガッというフッキングの後に一気に走る。竿を倒し、慎重に寄せる。ひょっとすると・・かも。やがて引きは急に弱くなる。黒い背中と大きな背ビレが見えた。

「グレーリング!」

ポールとジョンが大きな声を出す。グレーリングだ。1分程度のやりとりの後、タモに収まる。40cm程度か。ポールがここでは大きい方だという。

グレーリングという名前を知ってから50年を越える歳月がたって本物に手にすることができた。たしか小学生の頃だったと思うが、魚についての本の中で、世界を旅行した魚類学者のジョルダン博士が世界で一番うまい魚はグレーリング、次に鮎であるという記述が強い記憶となって残っている。

当時、鮎で有名な静岡の興津川で天然鮎の塩焼きをいやというほど食べていた。子供ながらに鮎のうまさは知っていたので、鮎よりうまい魚があるのかと驚きが先にたったから記憶に残ったのであろう。

特徴は大きな背びれである。背びれはブルーや赤紫に彩られ綺麗だ。体側は細かい青っぽいウロコにおおわれていて、口は小さくとがっている。見慣れたトラウトの口とはまったく違い、ウグイの口のようだ。全体に頭が細い流線型である。尾ビレの食いこみは他のトラウト類より大きく、海の青物の尾ビレを思わせる。

イザベルおばさんが匂いをかげという。匂いを嗅いでみたが特段の匂いはしない。タイムの香りがするだろうと言う。タイム? ちょっとタイム。タイムって何か知らないのだけど・・・。香草らしいが、日本では馴染みがない。「?」という顔をするとイザベルが明日、タイムを持ってきてくれるという。

グレーリングはタイムの香りがする美味しい魚らしい。もちろん、ここはリリースなので食べることはできない。でも、鮎の塩焼きの方がうまいのではないかと思う。ジョルダン博士は鮎の塩焼きを食べたのだろうか。鮎のムニエルでは今イチなのだ。

つづいてブラウンが。次にレインボー。ともに45cm程度である。ともにグレーリングよりはるかにパワーがあるが、レインボーの方がまさる。さすがに原産国アメリカの魚である。パワーでは一段と上である。

ここまで30分である。魚はすごくいる印象である。しかも型がでかい。本気になって釣れば数釣りができそうである。基本的にC&Rなので魚は残るのだろう。念願だったグレーリングも釣ったし、もう十分である。皆さん、私の釣りを雨の中で見ているだけである。気の毒だ。もう十分釣ったのでありがとうと、竿をたたむことにした。

そうだスティーブにも釣ってもらおう。残念ながらスティーブの竿は曲がることはなかった。せっかくイギリスまで行ってわずか30分。お人よしである。

その夜のディナーにセスさんが来る。セスさんはリタイアした後にタモを作っている。持参した西尾さんのタモを見て、ビューティフルの連発である。今後のタモ作りの参考になったようだ。記念にとセスさんのタモをプレゼントされた。

つづく