合わせ考

 

 出た!と思ったら一呼吸おいて合わせをくれるのがテンカラの正しい合わせということになっているが、口で言うほど簡単ではない。竿をあおるという動作の簡単さに比べて、魚の出方や反応が複雑だからだ。テンカラでは合わせの重要性は低いことになっている。キャスティング、ポイントの見極め、毛バリの流し方などがあって、その次ぐらいに位置し、毛バリより前にある。魚が出ないのに合わせについてアレコレ言うのは獲らぬ狸と言うわけである。

 

 とは言え、合わせは魚との唯一の接点だけに議論や研究の対象にもなる。私が合わせの研究を始め、それが当時のNHKの超人気番組「ウルトラアイ」で放送されたのは、綾瀬はるか27年も前のことである。アマゴが毛バリをくわえている最短時間が0.2秒であるのに対し、釣り人の合わせの最短時間は0.3秒であることを実験で紹介したものである。だからアマゴが0.2秒で毛バリを離せば勝ち目はないので、もっと長い間、毛バリをくわえているようにハリスにテンションをかけずにたるませて流せばいい、というのがテクニックとなるわけである。

 

 

 

    魚の出方は千差万別である。水面にハデにジャンプする奴、水面がモコッとする出方、水中でキラッとしたのも、ラインが止まったのも食ってる!と思って、ソレっと合わせる。しかし、千変万化の魚の出方にその都度こちらの反応を変えることはできない。そこで、一呼吸とか、魚におじぎしてというわずかな間を置いた合わせをすればあらかたの魚にはタイミングが合う。もちろん一呼吸と言っても本当に呼吸したり、魚におじぎするわけではないが、時間を言葉で表現するだけにこのような言い廻しになる。

 

 「でたぁ」の「ぁ」をもう一度飲み込む頃にあおればちょうどいいが、「で」と同時に慌ててあおってしまうのが早合わせである。出たといっても幽霊が出たわけではないので、そんなに慌てることはないのだが。

 

  もちろん、冷静にこれができればいいが、なかなかそうはいかない。初心者ならなおのこと、散々テンカラ三昧を送った私ですらしばしばやる。以前の「釣りロマンを求めて」の撮影でもそうだった。相手は放流魚なので毛バリをくわえるのがヘタなのか、私の毛バリの流し方が悪いのか、2回も出たが空振り。そのうち毛バリの下でチラっとするだけになってしまった。

 

  次第に熱くなっている自分がわかる。掛けるシーンを撮ってもらいたい、カメラマンは撮りたい。2人の期待と願望が異常なパワーとなって、次にガバッと出た瞬間、「で」で強烈な合わせをくれてしまったのだ。ブチッと音がした。ラインがヒラヒラ舞っている。絵に描いたような初心者級の見事な合わせ切れである。顔が赤くなったのがわかったが、テンカラを知らないスタッフは気がつかなかったと思うが、サポートしてくれた倉上さんには見事見抜かれていた。

 

  一呼吸置く合わせが正解であるが、大物だったらもっと遅らせなければならない。デカイ奴はあわてて食わないからだ。毛バリをくわえてスローモーションのように沈んでいく。沈むのを待って合わせればガッチリである。デカイ!と思ったら合わせを遅らせればいいが、デカイ!と思った瞬間にもう手が動いている。動こうとする手を押さえつけることができるようになるまでには数え切れない、早合わせと合わせ切れ、そして地団太と歯ぎしり、眠れぬ夜を過ごすことになる。

 

  キャスティングや流し方のように技術だけでできるものではないだけに、テンカラの重要性の上位にランクさせてもいいと思えるくらいテンカラの合わせは面白い。