イギリステンカラ紀行(その1) ポールとジョン、そしてスティーブ

 

イギリス中部のマンチェスターとシェフィールドに挟まれるようにピーク・ディストリクト国立公園がある。この公園はイギリスで最も最初にできた公園らしく、訪れる人の数も一番のようだ。今回、案内をしてくれるポールとジョンは観光客の数では富士山が一番、つぎにピークディストリクトというが社交辞令も含まれるので本当かどうかは定かではない。

この公園の北部がダーク・ピークと呼ばれる地域で、ピークと言っても山らしい山はなく草地の広大な丘陵の連なりであり、ここから流れる水がダーワン(Derwen)ダムとなり、ダムの上流、下流が釣り場となっている。今回の宿泊はダーワンダムに近いヨークシャーブリッジという田舎のホテルである。

ロンドンからは高速1号を北上して4時間。左ハンドルなので違和感はないが、高速を含め、一般道路でも速度が速いので慣れるまでに時間がかかる。高速道路は一部をのぞいて無料らしい。

日本の高速料金の高さからはうらやましいが、消費税20%の国である。税金を高くして道路料金に振り分けるか、消費税を5%(2014年には8%になるかも)にして利用者から料金をとるかの違いなのではと道々考えた。

ロンドンの家の多くはレンガ造りだったが、このホテルを含め、田舎はほとんどすべて石造りで歴史をしのばせるものがあるが、石造ゆえの不便さもあるようだ。このあたりのことは追って。

案内してくれるのはポールとジョンである。かれらはDiscover TenkaraというWebサイトを持っており、テンカラのガイドや「Fish On」というブランドでDVDなどを作っているが、テンカラを本業のビジネスとはしていない。

ポールは河川環境管理の仕事が本業で、水生昆虫と環境で博士号をとっている。ジョンはDVDの製作、作曲、イベントプロデューサーなどの多彩な仕事をしている。ゆくゆくはテンカラもビジネスにしたいようだ。

2人がなぜテンカラを知ったのか興味がある。2009年にイギリスのBBC(日本のNHK)で日本の釣りが紹介された番組があったという。その中でテンカラはなかったものの番組を見て日本の釣りに興味を持ったようだ。

というのもポールは合気道1級、柔道初段であり、何回か合気道の試合で京都、大阪、東京に来ているらしい。ジョンはテコンドー初段である。つまり、日本や日本文化に対して関心がもともとあったところに番組で日本の釣りを知ることになる。

テンカラは紹介されなかったものの、自分たちがやっているフライフィッシングに相当するものが、日本にもあるのではないかと調べ出した。

最初に行き当たったのがちょうど2009年にアメリカで起業したダニエルのTenkaraUSAであった。日本にテンカラという伝統的なフライフィッシングがあることを知り、調べていくうちに私に行き着き、イギリスに来ることを待ち望むようになったらしい。

今回、通訳をしてくれたスティーブも似たような経過で私を知ることになった。奥さんは日本人で在所は長野県である。仕事の関係で日本にも住み、イギリスでは日本との貿易の仕事をしていることから日本語はペラペラである。知性が高く、背も高い。しかし腰は低い。腰が低いところは日本人との貿易の仕事には適任である。

アウトドアの活動が好きで、テンカラのほかにはカヌー作りをしている。自宅でカナディアンカヌーを作っている。

スティーブももともとフライフィッシングをしていたが、イギリスの新聞にテンカラのことが掲載され、そこで新聞社にテンカラのことを尋ねたら、記事のルーツが私のところにあったことを知ったようだ。

2011年に私を訪ねてきて、長野で一緒にテンカラをやったのが縁である。このようなつながりがあって今回のイギリスのテンカラが実現した。人のつながりはどこにあるかわからないものだ。

ロンドンのスティーブの自宅に2泊させてもらった。子供が2人。上の娘さんがイザベル、下の息子がオリバーである。家での会話は英語と日本語。このため子供たちは完璧なバイリンガルである。

イザベルは日本の東大であるケンブリッジ大学の学生で、秀才であることが会話からわかる。卒業研究は日本の鎮守の森と自然保護とのこと。ひとしきりイザベルと日本の神の概念について話す。

彼女は卒業研究のために奈良の春日大社まで出かけ、宮司さんに会っている。宮司さんから日本の神はキリスト教のGodではないと教えられ、論文にはKamiと書いているという。日本の神の概念をキリスト教徒の教授に理解してもらうのは難しいだろう。

イギリスの学生が、日本ではもはや死語に近い鎮守の森が自然保護に果たす役割を調べることに驚く。会話は仏教やブッダの話にも広がる。地震、津波、洪水、台風、飢饉、噴火などの人知の及ばないものへの畏れと敬い。自然を鎮め、安寧を守る心が自然を神とあがめ、それが日本の神道につながっているのでないかなどと話すが、秀才の彼女にはとっくにわかっていることかもしれない。

ポールは学者だけあって勉強家である。テンカラのことを詳しく調べている。毛バリのハリは針がいいか、鉤、鈎のどれを使うの正しいのか? どれが正しいか日本人でもよくわからない。そこで 「毛バリ」のようにカタカナにすることが多いことを説明する。

すると毛バリはレンダクですね?と言う。レンダク? レンラクのこと? 連絡とテンカラは関係ないと思うけど・・・

ハリはハリなのに、毛がつくとなぜバリになるのかをポールは調べたという。それは連濁という使い方であると。さっそく、スマホでレンダクを調べた。あった、連濁! 日本人でありながら連濁をイギリス人から教えてもらった。

土曜の夜にテンカラをパワーポイントで紹介した。参加者の中に私の本業がテンカラの先生と思っている人もいるかもしれないので、仕事のことを紹介した。ニンテンドーのDSメヂカラトレーニングを監修したこと、監修したソフトは翻訳されてイギリスでは「Sight Training」という名前で売られていることを話した。

誰かこのソフトを買った人はいませんか? なんとジョンの奥さんが買ってトレーニングしているという。イギリスの田舎で、私のソフトを使ってくれている人がいることを知ってうれしかった。

そこでジョンにトレーニングして奥さんに何かいいことあった?と聞いたら即座に

「私と結婚したこと」

この切り返しがイギリス人のウィットなのだろう。

今回は、土曜にポールたちが教えているテンカラグループの人たちとの講習会やチャリティーディナー。日曜は会員制のフライフィッシングクラブでのテンカラ講習会である。その前の2日間はこの近くのいろいろな川を案内してくれるという。

つづく