魚は痛みを感じるか?

 

著者はヴィクトリア・ブレイスウエストという女性。もともと鳥類の研究者だったが15年前に魚の研究に変更したようである。本人は魚釣りをしない。詳しく知りたい方は本を読んでもらうとして私の感想。

魚は痛みを感じるか? ほとんどの釣り人は考えたことはないだろう。テンカラやルアー・フライマンには魚は色がわかるのだろうか、わかるとしたらどの色がいいだろうか?と思ったことはあったとしても、魚 が痛みを感じているだろうか? と考えた人は少ないだろう。表紙の写真のようにハリで吊り下げられたら痛いかもしれないのだ。

著者は魚類生理学者としてマス(ニジマス)を対象に慎重に実験を重ね、結論として魚は痛みを感じると述べている。もちろん、その痛みが私たちが感じるものと同じであるかはわからないが、何らかの痛み(苦痛)を感じていると結論している。

その痛みが人と同じものであるか永遠にわからないだろう。アマゴやイワナなどの渓流魚が色を識別できることはわかっている。だからと言って、たとえば人が感じる「赤」が渓流魚にも同じ「赤」に見えているかはわからない。

それには誰かに死んだ後に三途の川でアマゴになってもらい、この世で再び人に生まれ変わって報告してもらうしかない。私がなってもいいが生還することはないので止める。

魚はハリに掛っても「痛い!」とは言わないし、口をゆがめることもないのでなんとも思わないが、おそらく何らかの苦痛を感じているのだろう。

私は鮎釣りで鮎にとってこれは痛いだろうなという経験がある。友釣りをする人には経験があると思うが、尻ビレに逆バリを打つとき、刺す場所によってビクンと激しく身体をしならせる。場所がほんの少しズレただけで反応せずそれは局所的である。

この瞬間は人ならば電気が走るような衝撃があるのかもしれない。その割に鼻環を通すときはそのようは反応はない。頭の軟骨を金属が貫くのだからさぞ痛いだろうと思うのだが。

これは痛みかどうかわからないが、テンカラで掛け損ねた魚が、キリキリ舞いして身体をくねらせることを誰しも経験すると思うが、魚は口の周りでも痛みを感じるらしいので、掛け損なった衝撃が痛みとなっているのかもしれない。

餌釣りの本や雑誌には、かかった魚がクルクル身体をまわしてハリスを巻きつけ切ろうとするなどの記述があるが、あれはキリキリ舞いするときにハリスが身体に巻きついてしまう「結果」であって、切ろうという「目的」ではない。自分を拘束しているのがハリス とわかった上でハリスを切るという知恵が魚にあるとはとても思えないからだ。

著者は魚が痛みを感じるという結果から「魚の福祉」にまで及んでいる。釣り人がこの分野にかかわるのはリリースの問題である。痛みを感じるならできるだけ痛みを感じさせないようにするためには? カエシのないハリを使うのもその一つなどリリースの方法 について言及している。また、一部の「過激な」考えにはC&Rは魚に何度も痛みを与えることになるのだから、むしろリリースしない方が「魚の福祉」になるという考えも紹介している。

ではすべての魚をキープすれば、魚がいなくなるので別の多数の魚の放流が必要となり、そのことは多数の魚の福祉が損なわれるのだから、リリースにも意味があるという、活動家ではなくあくまで科学者としての中立的な意見を述べている。

内容が多岐にわたる説得力のある本であるが、唯一、著者が釣りをしないことからくる誤解がある。魚が深くハリを飲み込んでしまって、はずそうとすればダメージを与える場合には処分すべきである。なぜならハリが刺さったままだと炎症を起こし、エサを食べられなくなるからだとしている。

この部分は実際の自分の体験に基づいておらず、誤った知識をもった釣り人の意見を参考にしたものだろう。現在ではハリを飲みこまれた場合には、ダメージを与えずにハリスを切れば、その多くは自然にハリが外れ、死ぬことはないことがわかっているからだ。

魚が痛みを感じるなら、タコはどうか、エビはどうか、ミミズはどうかと果てしなく発展してしまう。タコが痛みを感じるなら、タコの福祉はどうすればいいのか。茹でダコは苦痛だろうから酢ならいいのか。 生きたまま天ぷらにされるエビは熱いだろうな、ミミズにハリを刺したら痛いだろうな・・などと際限なく考えているうちに私の頭が痛くなったのでこのへんで。